AIは従来の常識を超える進化を遂げ、人間の働き方を根本から変えています。
ソフトバンクグループの孫正義会長が、SoftBank World 2025で発表した内容は、参加者の度肝を抜くものだった。AIの能力が今後数年間で「10億倍」に進化するというのだ。
これまでコンピューターの世界では、約18ヶ月で処理能力が2倍になるという「ムーアの法則」が常識とされてきた。50年近く前に提唱されたこの法則は、ほぼ正確に技術の進歩を予測してきた。しかし、AIの世界では全く違うルールが適用される。
孫氏が提唱する「スターゲートの法則」では、コンピューターチップの数が10倍、個々のチップの性能が10倍、そしてAIモデル自体の能力が10倍向上することで、1つのサイクルで1000倍の進化を遂げる。これが2回続けば100万倍、3回目で10億倍という計算になる。
「自転車と新幹線の速度差を考えてみてください」と孫氏は会場に問いかけた。その差はわずか20倍程度だが、全く異なる乗り物として認識される。景色の見え方も、移動の概念も根本的に変わる。
では10億倍の違いとはどの程度なのか。人間と金魚の脳細胞の数を比較すると、その差は約1万倍だという。10億倍ともなれば、人間から見たアメーバのような存在になってしまう。それほどまでに圧倒的な差が、私たちが生きている間のたった数年で実現するというのだ。
講演の核心となったのは、ソフトバンクグループが年内に10億体のAIエージェントを稼働させるという「クリスタルインテリジェンス」プロジェクトだった。この規模のAI展開は世界初の試みとなる。
現在多くの人がChatGPTを使う際、検索エンジンのように「○○について教えて」という質問をして答えをもらう使い方が一般的だ。40代、50代以上の世代は特にこの傾向が強い。一方で若い世代は、「こんなことを考えているけど、あなたはどう思う?」という提案型の使い方をしている。
しかし、これからのAIは全く違う。人間が寝ている間も24時間365日働き続け、他のAIと連携しながら自律的に業務を進める。まさにデジタルな同僚として機能するのだ。
孫氏は社員1人につき1000体のAIアシスタントを配置する構想を「千手観音プロジェクト」と名付けた。千の手と千の目を持つ仏像のように、あらゆる問題を同時並行で解決する能力を社員に与えるというアイデアだ。
このプロジェクトを実現するため、ソフトバンクでは3つの段階的なアプローチを採用している。まず、膨大な数のAIを統合管理するオーケストレーションシステムの構築。次に、効率的にAIを作成するための開発環境の整備。最後に、AIが自動的に子AIや孫AIを生成する自己増殖システムの実装だ。
最も注目すべきは、この高性能AIアシスタントの運用コストがわずか月額40円だという点だ。ソフトバンクグループはOpenAIとの間で年間約4500億円(30億ドル)の契約を結んでいるが、これを10億体で割ると1体あたり月40円という計算になる。
しかも、このAIアシスタントは人間の4倍以上の生産性で働く。24時間休むことなく、文句を言うこともなく、ミスも極めて少ない。従来の自動化システムと違い、人間のオペレーターを上回る品質のサービスを提供できる。
特に画期的なのは、孫氏自身が特許出願したというAIの自己進化メカニズムだ。従来の強化学習では、人間がAIに目標と報酬体系を設定する必要があった。しかし新システムでは、AIが人間の会議や業務を観察し、自動的に目標設定と成果評価を行う。
AIは音声と映像でマルチモーダルに情報を収集し、プロジェクトの進捗状況を把握して問題を発見する。そして解決策を考案し、実行に移す。さらに重要なのは、AIが子AIを作り、その子AIが孫AIを作るという自己増殖機能だ。人間が個別に作成しなくても、AIが自動的に必要な仲間を増やしていく。
講演では、AIを活用したコールセンターの実演が行われた。従来の機械的な自動応答システムとは全く異なり、AIオペレーターは自然な会話で顧客対応を行う。
このAIは全国各地の方言を理解し、必要に応じて同じ方言で返答する。最新のキャンペーン情報や通信障害の状況もリアルタイムで把握しているため、人間のオペレーターでは難しい即座の情報提供が可能だ。セキュリティ認証から問題解決まで、一連の流れを滞りなく処理する。
ショッピングサイトでの活用例も紹介された。顧客専用のAIアシスタントが、過去の購入履歴、好み、予算、家庭環境などを総合的に分析して最適な商品を提案する。
例えば「ロボット掃除機が欲しい」という要望に対して、AIは顧客が以前購入したフロアマットの情報を参照し、段差を乗り越えられるタイプを推奨する。価格帯も予算に合わせて絞り込み、詳細なカタログまで自動作成する。さらに、価格が下がるタイミングを監視し、最適なタイミングで購入を提案する。
孫氏は日本のAI導入の遅れに対して強い危機感を示した。アメリカや中国では企業の80%以上が既に生成AIを日常的に活用しているのに対し、日本は20%程度に留まっているという統計がある。
会場では「毎日ChatGPTを使っている人」に挙手を求めたところ、約8割の参加者が手を挙げた。「さすがここに集まった方々は先進的だ」と孫氏は評価したが、一般社会での普及率との大きなギャップを指摘した。
「30年前の日本は、新しい技術を世界で最も積極的に取り入れる国だった」と孫氏は振り返る。しかし現在は、新技術に対して懐疑的で保守的な見方が支配的になっているという。
「AIの限界が見えた」と言う専門家に対して、孫氏は「AIの限界が見えたのではなく、あなたの理解の限界が超えられただけだ」と反論した。10億倍という進化を想像することの難しさこそが、この認識のギャップを生んでいるという分析だ。
ソフトバンクでは、段階的にプログラミング業務を人間からAIに移管する方針を決定している。30%、50%、そして最終的に100%の置き換えを目標としている。将来的には、ソフトバンクの社員は一切のコーディング作業を行わないという方針だ。
人間の役割は、アイデアの創出や方向性の決定に集約される。AIがそれを受けて具体的なプログラムを作成し、実装まで行う。この変化により、技術者の仕事内容は根本的に変わることになる。
これからのAIは、単発的な質問に答える道具ではなく、人生を通じて寄り添うパートナーとなる。子どもの頃から一緒に成長し、その人の経験、好み、価値観をすべて記憶している。
常時接続状態で、会議に参加し、電話を聞き、メールの内容も把握している。必要な時には適切なアドバイスを提供し、時には代わりに交渉まで行う。まさに理想的な秘書であり相談相手であり、時には医師や教師の役割も果たす存在だ。
ソフトバンクだけで10億体のAIを展開するが、他の企業も同様の取り組みを進めれば、社会全体では数千兆体、数京体という天文学的な数のAIが稼働することになる。工場、銀行、小売店、学校、病院、そして一般家庭まで、あらゆる場所でAIと人間が協働する時代が到来する。
この変化は単なる効率化にとどまらない。人間の働き方、学び方、生き方そのものを根本的に変える文明レベルの転換点となる可能性が高い。重要なのは、この大きな変化を恐れるのではなく、積極的に活用して新しい価値を創造することだろう。
生成AIの次は“自律する同僚”——AIエージェント実装最前線